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「南極大陸の自然と湖沼」

南極大陸の自然と湖沼

広島大学大学院総合科学研究科
助教授 佐藤 高晴
(第46次南極観測隊越冬隊員)
(東広島市自然研究会/副会長)

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1 はじめに
 私は,主に海底堆積物を用いた古地磁気・古環境変動の研究をしてきましたが,広島大学に来てからは,中海,宍道湖の堆積物による古地磁気・古環境変動の研究と共に,柱状試料採泥器(コアラー)とゴムボートを用いた台船を開発し東広島市周辺のため池堆積物柱状試料(コア)を採取し,他の分野の研究者と協力して環境変動の研究を行ってきました。南極の昭和基地周辺には,後氷期の氷床後退に伴う隆起によってできた多くの湖沼があります。

 今回,これらの道具を用いて南極の湖沼堆積物コアを採取・研究する機会に恵まれ,越冬隊員として南極観測隊に参加してきました。ここでは,今年度の東広島市自然研究会総会で報告した内容を要約して報告します。


2 第46次夏期間
 私が参加したのは,第46次南極観測隊の越冬隊です。総勢65名の第46次南極観測隊隊員は,2004年11月29日に成田を発ちオーストラリアのパース空港に降り,フリーマントルから砕氷船しらせに乗り込みました。海洋生物などを調べるための定点観測を数カ所で行い,12月中旬に昭和基地沖に着きました。

 多くの観測隊員が,第45次越冬隊員が待つ昭和基地に入る中,第46次越冬地学隊員2人(私と極地研の大学院生)と,第46次夏隊生物隊員(島根大と京大の研究者,統計数理研の大学院生)は,12月19日に自衛隊のヘリコプターでしらせを飛び立ち,昭和基地で極地研所属の第45次越冬隊員1人をピックアップして昭和基地から80km余り南のルンドボックスヘッダに上陸しました。

 第46次の夏期間は,ルンドボックスヘッダなど5ヵ所の露岩域のできるだけ多くの湖沼で水温,水質測定,採水などの湖沼調査と,柱状試料採取(コアリング)を行うことを計画しました。

 ルンドボックスヘッダでは,丸湾大池と丸湾南池で湖沼調査とコアリングを行いました。丸湾大池は直接氷床に接しており(写真1),堆積物にはきれいなラミナ(薄層)が見られました。

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写真1 丸湾大池に流れ込む氷河

 その後,スカーレンに移動し,スカーレン大池などで湖沼調査とコアリングを行いました。スカーレン大池の湖底はラン藻で覆われており,堆積物表層にもそれが分解されずに残っていました(写真2)。

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写真2 スカーレン大池から採取したコアの最上部

 ラングホブデの露岩は起伏に富んでおり,天の釜池へ行くルートでは,氷床の端に沿って歩くこともありました(写真3)。

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写真3 観音島のアデリーペンギンルッカリ

 雪鳥池へ行くルート(雪鳥沢)はコケが繁茂し多数の雪鳥が生息しているとして特別保護地域に指定されています。しかし,雪鳥はほんの少ししか見かけることができませんでした。

 また,ぬるめ池の近くにあった観測小屋付近の岩陰では,靴などに付いて持ち込まれたと考えられるオオスズメノカタビラを確認できました。

 昭和基地周辺には多くのアデリーペンギンのルッカリ(営巣地)があり(写真4,5),観測隊では毎年生息数調査を行っています。小さなルッカリでは,減少しているところが多いようですが,全体としては,増加しているとのことです。

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写真4 観音島のアデリーペンギンルッカリ

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写真5 ラングホブデ,袋浦のアデリーペンギンルッカリ,手前は南極盗賊カモメ

3 第46次越冬期間
 夏期間の観測・作業の後,夏隊は,翌年の2月中旬にしらせで昭和基地を発ち,私たちは12月に第47次隊が来るまでの越冬が始まりました。

 観測系の定常観測をする人たちは,前任者からの夏期間中の引継ぎを基に独り立ちしてそれぞれの観測機器での観測を開始します。野外で試料採取・データ取得を目的とした私たちは,ミッドウィンター(日本では夏至)までに,スノーモビル,アイスドリル,ルート工作などの各種訓練と,昭和基地からの影響を調べる目的で東オングル島周辺での堆積物柱状試料採取(コアリング)を試みました。

 昭和基地では,私たちの第46次越冬隊からインターネットが普通に使えるようになりました。それに伴って,日本国内とのテレビ会議(主に小・中学生,高校生向けの行事)が頻繁に行われました。

 私も,広島市子供文化科学館が中心になって,鹿児島市民文化ホールと昭和基地の3地点テレビ会議(写真6)と,日本山岳会広島支部が主催したテレビ会議に出演しました。

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写真6 3地点テレビ会議の風景

 また,ミッドウィンター祭では,演芸の出し物で,多くの酒瓶に水を調律しながら入れて1オクターブ半の楽器を作り,数人で演奏し演芸の部で優勝したのですが,何も機械がないところで楽器を作れたのも,インターネットでフリーソフトのスペクトルアナライザーをダウンロードできたからで,南極では10ヶ月間は外から物資がまったく入りませんが,インターネットが通じたことでかなりの事ができるようになったのではないかと思いました。

 ミッドウィンター後は,雪上車の訓練なども行い,海氷の厚さが増すと共に,雪上車も使った各方面へのルート工作が進んでいきました。

 私も,カシミール(地図ソフト)上でルートを描き,それをガーミンのハンディGPSに移してスノーモビルで使ったり,雪上車にパソコンを持ち込んでハンディGPSを繋げカーナビとして使ったりして,フィールドアシスタントの山崎さんなどと協力して南の露岩域へのルート工作を行いました(写真7)。

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写真7 雪上車による海氷上ルート工作

 海氷上のルート工作で怖いのは,海氷の割れ目,クラックです(写真8)。島と半島の間などでは,潮汐などによる海氷の移動が制限されるため,クラックが開いたり閉じたりし,その間に薄い氷が張ることになります。スカーレンにできたクラックでは,厚さ40cm程度の薄い氷の幅が4m程度あり,幅が狭い部分を探し,道板を渡して雪上車で越えました。

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写真8 スカーレンのクラック

 このようにして作ったルートを使い数回のコアリング旅行を行いました。スカルブスネスの船底池は湖面の標高が-23mであり,寒冷で乾燥した南極の気候によって海水を起源とする湖水が蒸発して湖面が低下したと考えられています。

 船底池のコアには2m近い全長に亘って半透明な湖水からの析出鉱物のラミナが含まれており(写真9,10),湖水の蒸発の歴史が刻まれています。また,ラングホブデの親指池は,わずかにある周囲の雪田から水が流れ込む晩春には,たかだか1mにも満たない鞍部を越えて海に湖水が流れ出るような池です(写真11)が,湖底近くの塩分濃度は,海水の4倍程度あり,堆積物の表層5~10cmは,大きなものでは長径が5cmにもなる礫で満たされていました。このようなことは,今まで報告されておらず,今まで用いられていなかったコアラーやゴムボート台船を用いて小さな池からコアを採取できたおかげだと考えています。

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写真9 船底池でのコアリング風景(坂中隊員提供)

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写真10 船底池から採取したコア

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写真11 親指池の航空写真

 第46次南極観測隊越冬隊の最大の事業は雪氷グループによるドームふじ旅行でした。彼らは,ドームふじまで燃料,食料,機材等を運ぶ多くの橇の修理,途中までのデポ旅行などの準備を行い,10月17日,総勢7名でドームふじに向けて出発しました。

 そして,途中で飛行機を乗り継いで来た第47次南極観測隊のドーム深層掘削隊と合流しドームふじ基地を立ち上げました。第46次,第47次合同チームは,昨年に続き掘り進み100万年前とされる3000mの深さまで掘削し氷床コアを採取しました。

 昭和基地では,冷凍ではありますが,良い食材を使った一流の料理人,シェフによる料理が食べられます。持ち込んだ生野菜は,種類によって時期は違いますが越冬の前半になくなっていきます。その後の生野菜は水耕栽培によって作ったかいわれ大根ともやしだけとなりました(写真12)。

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写真12 もやし収穫風景

 越冬が終わりに近ずくころになると,除雪や大量の持ち帰り荷物の積み出し準備で大忙しとなります。多くの隊員が,日本では乗ったことがないような,キャタピラ付きのダンプなどをピストン運転して,除雪した雪や,持ち帰り廃棄物などを運びました。


4 第47次夏期間
 昨年とは逆に第47次観測隊への支援を兼ねた野外行動でした。この期間,湖沼での野外活動を共にしたのは,第47次観測隊夏隊生物部門の2名(北大の研究者)と,第46次観測隊から支援として派遣された1名で,その他,環境省から派遣された第47次観測隊の同行者の方も長期間行動を共にしました。

 第46次の夏期間で調査したルンドボックスヘッダ,スカーレン,スカルブスネスでコアリングを行いましたが,今回は,昨年のコアリングで興味深いコアが得られた池について重点的に調査を行いました。

 スカルブスネスでは,昨年,雪鳥の巣があまり多くは見られなかったすり鉢池へのルート上の峠で,今年は,多くの巣が見られました(写真13)。

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写真13 雪鳥の雛

 この峠では,普通は雪鳥を餌にしているトオガモがふらふら飛んでいて,その後を雪鳥が追撃する光景が見られました。

 海氷上を雪上車で走っていて遭遇する最大の動物はウェッデルアザラシです(写真14)。また,海氷に穴を開けて作業していると,息継ぎのために現れて作業の邪魔をしたりします。野外から昭和基地に戻ると,慌しく荷物の整理を行い,しらせに乗り込みました。

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写真14 ウェッデルアザラシ


5 おわりに
 昭和基地では,温暖化ガス(二酸化炭素,メタン)やオゾンホールの観測,氷床掘削など,地球環境変動に関係した多くの観測・試料採取を行っています。

 私たちの湖沼堆積物研究も,南極大陸の後氷期の氷床変動を調べることになり,シミュレーションにより未来の気候を予測する上でも過去の詳細なデータとして重要視されています。

 環境活動では,よく“Think Globally Act Locally” と言われますが,南極での観測活動にも,より関心を持って頂けることを期待して報告させて頂きました。

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広島大学大学院総合科学研究科助教授 佐藤高晴さんの講演

東広島の自然(2006.12)No.38 掲載

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