ブログ/2013-06-30
竹原(アンコール)
ミーアキャットです。
安芸の小京都といわれる『竹原の町並み保存地区』。6月23日の広島県竹原市の町並み保存地区の探訪で,先日ヌシさんが紹介されたもの以外の写真を集めてみました。
町並み保存地区の入口では,頼山陽の銅像が迎えてくれます(写真-2)。少し頭が大きいように思うのですが,頭がよかった証拠・・・とガイドさんの説明がありました。
かの有名な漢詩のプレートもありました(写真-3)。どこかの旧家の格子の中からは,詩吟の練習をされている声が聞こえてきました。
写真-3 『べんせい しゅくしゅく・・・』
マンホールの蓋にもきれいな町並みが描かれています(写真-4)。
写真-4
松阪邸のパンフレットによりますと,竹原の塩田は,赤穂塩田についで,慶安3年(1650)に開発され,この塩田による発展をもとに町人文化が栄え,頼一門が出るに至ったそうです。竹原の町並みはそうした塩田経営によって築かれ,竹原の塩は,糸魚川・直江津・柏崎・新潟・庄内・酒田・能代・津軽などの港に送られたそうです。当時,竹原の塩が届くと,『竹原が来た』といわれるほど有名であったそうです。
写真-5は現地で買い求めた絵はがきを拝借しました。松阪邸の唐破風の流れるような屋根が特徴的です。松阪邸は竹原市の重要文化財です。
写真-5 松阪邸(竹原市観光協会発行の絵はがき)
松阪家(屋号『沢田屋』)は,製塩業の他,薪問屋・石炭問屋・酒造業・醸造業も営んでいたそうです。その富豪の歴史を感じさせるものを写真-6~13にあげました。今月95歳になられた巨木研究家のH先生から,根回り2mもある赤松は今では珍しいと解説がありました(写真-6)。
写真-6 松阪邸のみごとな赤松
西方寺というお寺は,清水寺の舞台を模したという観音堂『普明閣』がきれいです。竹原市の重要文化財です。
写真-14 西方寺・普明閣
ヌシさんが紹介された胡堂を横から見ると,屋根がとても非対称でした(写真-16)。
写真-16 胡堂の非対称の屋根
照蓮寺は小早川氏代々の学問所であったそうです(写真-17~19)。
写真-17 照蓮寺の鐘楼門(竹原市観光協会発行の絵はがき)
照蓮寺本堂の鬼瓦は,ガイドさんから説明がありましたが,これぞ”鬼瓦”という感じでした(写真-19)。望遠レンズで見ると,名前が彫ってありました。寄進された方のお名前でしょうか。
写真-19 照蓮寺本堂の鬼瓦
このお寺には国の重要文化財『高麗銅鐘』がありました。またイチョウの巨木もありました(写真-20)。巨木研究家のH先生より,イチョウは水分を多く含んでいるので,”火事の時に水を吹く”という言い伝えがあって,お寺などによく植えてあると解説がありました。
そのほか,町中に時代を感じさせるものがありました(写真-21~23)
森川邸(竹原市重要文化財)の座敷はとても広いです。いったい何畳あるのでしょうか(写真-24)。
写真-25 森川邸の庭
竹に彫った『たけはら』の文字は趣がありました(写真-27)。
写真-27
最後の写真は,偶然撮ったものですが,お二人の会話が聞こえて来そうで,何だか味があるなあ・・・とひとりで思ったおまけです。
写真-28
コメント
- ミーアさん、ガイドのMさんとの嬉しいツーショットをありがとう。
-- ヌシです 2013-06-30 (日) 19:13:19