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ホボロ島上陸記


行事報告

ホボロ島上陸記

島根県立三瓶自然館 中村 唯史

 虫が穴を穿ち、島が消えて行く。そんな奇妙な現象が進行しつつあるホボロ島に、土岡会長、沖村先生らの計らいで上陸させて頂いた。平成24年7月2日、東広島市立木谷小学校5年生の自然学習に便乗しての上陸である。

 当日の天候は薄曇り。海岸道路を赤崎方面へ南下すると間もなく、写真で見たことのある島影が見えてきた。干潮に向かって潮が引きつつあり、波食台と砂州が広く露出している。その右手にぽつんと立つ岩は、島の最後の一かけらと呼ぶべきか。沖村先生によると、明治時代に陸軍測地部が作成した地形図には標高21.9mと記載されている。かつてはマツなどの植生に覆われていたというが、今はその面影はない。

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photo1:ホボロ島の全景-満潮時には右の残丘を残して大部分が海中に没する

 近くの海岸から小型船に便乗し、島へ渡る。まず、北側の鼻繰島へ上陸し、侵食が進行していない島の様子を観察してから、ホボロ島へ渡った。本土側へ向けて北へ砂州が伸び、その南側は波食台一面に大小の硬質な流紋岩礫が転がっている。波食台の一角に立つ残りわずかとなった岩盤は周囲約20m。高さは5~6mほどしかない。潮間帯部分には直径1cm未満の穴がびっしりと開いている。ダンゴムシに似たナナツバコツブムシの巣穴。岩盤は古い時代の熱水活動による変質作用で粘土化しており、コツブムシが巣穴を作るには格好の条件なのだろう。巣穴は密集し、穴と穴の間は薄い壁を残すのみ。もはや、岩盤は指先でつぶせるほどにもろく、強い波を受ければたちまち削り取られてしまいそうだ。実際に岩に触れ、島が急激に痩せていることを実感した。

 ホボロ島のように、生物侵食作用で島が急激に消滅しつつある事例は他に見当たらないそうだ。国内唯一、もしかすると世界唯一の事例かもしれない。この特殊な現象の大きな要因は、熱水作用で風化した岩盤が島を構成し、その岩質がコツブムシの生息に適していたことだろう。島が穏やかな瀬戸内海にあることも見逃せない。日本海や太平洋では、巣穴形成の前に波浪によって軟質な岩盤は削り取られ、島は消えてしまうだろう。

 疑問に感じるのは、ここ数10年間で加速度的に侵食が進行したということ。コツブムシがある時期から大発生したのかもしれない。そこに至るまでに次のような経緯は考えられないだろうか。島には硬質な転石が多数ある。強風化した流紋岩中に含まれる風化残留核が洗い出されて転石になったものだ。昔はこの石を採取して、積み石などに利用していたそうだ。以前は、多くの転石が波食崖の裾部に堆積していて、消波ブロックの役割を果たしていたものが採取によって失われ、軟質な岩盤が波に直接さらされるようになったのではないだろうか。硬い石の防塁が決壊し、岩盤本体へ達するようになった波が急激に島を削り取って行った。軟質な岩肌がむき出しとなり、コツブムシにとって格好のすみかが出現した。個体数が急増し、その巣穴は島の侵食をさらに加速させることになった・・・。人為の結果による環境変化は、しばしば自然の遷移速度を上回る。

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photo2:岩肌に密集するナナツバコツブムシの巣穴

 ホボロ島で生じている現象は、他に例を見ないものであり、メカニズムの解明はそう簡単ではないだろう。他の自然現象がそうであるように、地質、海洋、生物、気候、そして人的影響など様々な要素が絡み合った結果と思われる。自然科学的な視点とは別に、感覚的にこの現象をとらえると、島が消え行く姿で私たちに何かを語りかけているようにも見えてくる。例えば、好適な環境を得て大発生しているナナツバコツブムシだが、一方で自らの手でその環境を風前の灯火にしている。その姿は、地球という星の恵まれた環境を謳歌している私たち人類にも重なる気がする。この日、島へ渡り自然観察をした子供たちは何を感じただろうか。いつか機会があれば、彼らの声を聞いてみたいと思う。

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photo3:上陸して沖村先生の説明を聞く木谷小学校の児童たち

 今回の上陸は小学生に同行したおかげで、ホボロ島の侵食は自然現象として希有であると同時に、自然環境を考える教材としても貴重な存在と感じることができた。上陸にあたっては関係の皆さまにご高配を賜った。この場を借りてお礼申し上げます。


東広島の自然(2013.3)No.44 掲載

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