自然に親しみ、観て触れて学びながら、自然を守ろう

「自然大好き」に学ぶ

「自然大好き」に学ぶ

桑原一司博士(広島市安佐動物公園管理課長)

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報 告 米門 公子

 「かえるのうたが きこえてくるよ クヮ クヮ クヮ クヮ ゲコゲコ ゲコゲコ クヮ クヮ クヮ」。子どもの頃、よく口ずさんだ文部省唱歌の「かえるの合唱」。いつも当たり前のように私たちのすぐそばで暮らしていると思っていたカエルだが、その数が減っている。

 また、「生きている化石」と呼ばれ、中国山地を主な生息地として長くゆったりと生きてきた特別天然記念物オオサンショウウオの減少も進んでいるという。

 これらの主な原因は人間が自分たちの生活を優先させるために自然環境を変えてしまったこと。

 平成20年5月25日に開催された東広島市自然研究会総会での広島市安佐動物公園管理課長・桑原一司博士の講演は、人間がいかに自然環境を破壊してきたか、自然界の生き物たちと共存していくにはどうすればよいかなど、示唆に富む内容だった。

以下、その内容を要約して報告する。桑原先生に御校閲をいただきました。ありがとうございました。

画像の説明
講演中の桑原先生


●クマに出会ったお話

 クマには出会わない方がいいのです。クマは人間に出会わないように暮らしているのですから、人間がクマに出会わないことが一番です。事故の多くは、ばったり出会った時に起きています。特に、子連れのクマに近づき過ぎると、防衛的に攻撃してくることがあります。
・山でクマに出会わない方法:山の入り口で、大きな声でクマに入山を告げる。時々、声を出して、自分がいることをクマに知らせる。クマは数百mの距離から状況を察知して逃げる。

・クマの新しい痕跡を見つけたら:速やかにその場を離れる。
・クマに出会ってしまったら:走って逃げない。クマの走る速度は人間の数倍。車がすぐそばにある時は、車に逃げ込む。クマが気付かないで近づいてくる時は、脅かさないように声を掛ける。ばったり遭遇してしまったら、クマから目を離さず、小出しに荷物を置きながら後ずさりで遠ざかる。
・攻撃された時は:頭を抱えてうずくまる。クマの攻撃は瞬間的で、攻撃した後は逃げる。人間は、大けがはするが死ぬことはほとんどない。

●痕跡学を楽しむ

 動物のうんちや足跡など、痕跡を調べて分かった暮らしぶりなどについてお話します。多くのほ乳類は夜行性で、警戒心が強くて、その姿を見ることは少ないのですが、私たちの周りにはたくさんのほ乳類が暮らしていることを痕跡から知ることができます。それぞれの痕跡の観察方法については、後述の資料をご覧ください。

●コウモリの洞窟に潜る

 コウモリは真っ暗な洞窟の奥で静かに暮らしています。広島、島根、山口県の洞窟で見られるコウモリは、キクガシラコウモリ、コキクガシラコウモリ、ユビナガコウモリで、モモジロコウモリ、テングコウモリ、ノレンコウモリが少数混じることがあります。
 
 コウモリを探しに洞窟に入ることは、調査・研究などの目的無しには、原則禁止です。落盤、転落、迷路、感染症など極めて危険ですし、何よりもコウモリへの影響が大きいのです。

●カエル、なぜ減るの?

 世界中でカエルが減っています。カエルやサンショウウオ(両生類)は約6000種が現存していますが、そのうちの32%が絶滅危惧種なのです。日本の両生類は60種(カエル38種、サンショウウオ22種)で、やはり34%が絶滅危惧種です。広島でもカエルが減っています。特に身近なヒキガエル、トノサマガエル、アカガエル、ダルマガエル、イモリなどが減っています。
 
 なぜカエルが減るのか。
・ 農業の方法が変わってきた・・・機械化、農薬、化学肥料
・ 田んぼの形が変わってきた・・・コンクリート化、乾田化
・ 田んぼが減ってきた・・・都市化、宅地化
それだけではありません。よくわからない理由、例えば、酸性雨、紫外線の増加、外来生物の侵入、カエルツボカビ症など、さまざまな理由が考えられます。

●オオサンショウウオの話

オオサンショウウオとは
 世界最大級の両生類、生きている化石として世界に知られるオオサンショウウオは、日本の固有種で、国の特別天然記念物、すなわち、1匹、1匹が国宝です。大きな体に小さな手、大きな口に小さな目、そのアンバランスな意外性と超スローライフの生き方が魅力です。
里山の川に住み、人のそばで暮らしてきた隣人ですが、彼らの暮らしは分からないことばかりで、謎だらけの動物です。特に、飼育下での繁殖のさせ方は、まったく分かっていません。黙して語らず。私たちは数千万年を生き抜いてきた彼らの暮らしの解明に着手しました。

繁殖行動の観察
 研究を始めて5年目、やっと繁殖巣穴を見つけました。巣穴は、川岸の水面下にある横穴で、入口が一つで、細いトンネルが続き、奥にわずかに水が染み出る広間をもつ、フラスコのような形をしていました。

 巣穴は、ヌシと呼ぶ大きな雄のオオサンショウウオに独占されていて、全部で27頭のオオサンショウウオが集まっていました。その多くは600mもの下流から上ってきたものでした。

 8月31日の真夜中に産卵が始まりましたが、その様子は意外なものでした。産卵雌が入っていったときだけに、他の雄もぞろぞろと巣穴に中に入っていき、産卵を終えた雌が出てくると、ヌシ以外の雄も出てくるのです。これは日本で初めてのオオサンショウウオの産卵行動の観察でした。
 
 雄が産卵巣穴を独占するのは、自分の遺伝子を持つ子孫を残すためと考えられていますが、オオサンショウウオは、一番肝心な産卵のときにだけ他の雄も巣穴に入り、一緒に産卵をするという不思議な産卵行動をもつことが分かりました。

飼育水槽での繁殖に成功
 野外調査で分かったことを飼育下に取り入れ、四連水槽という生息地の川を再現した繁殖用水槽をつくり、広島市内で保護された7頭のオオサンショウウオを一緒にして繁殖群を作りました。

 1979年9月28日、ついにオオサンショウウオが卵を生みました。ウシロヤマという雄がヌシになり卵塊を守り、たくさんの幼生が孵化しました。世界で初めてといわれるオオサンショウウオの繁殖に成功したのです。その後も毎年のように産卵するようになり、繁殖の継続により、現在、安佐動物公園では400頭のオオサンショウウオを飼育しています。
 
 安佐動物公園におけるオオサンショウウオの繁殖は世界に知られるようになり、1988年にアメリカで開催された国際会議に招待されました。講演が終わると、満場の拍手に包まれました。世界の人々は、世界的な希少動物オオサンショウウオの繁殖のさせ方が分かったという朗報に、惜しみない拍手を贈ってくれたのでした。

オオサンショウウオの住む川の現状
 私たちの調査地、北広島町(旧豊平町)の川には、小さな農業用堰堤がたくさんあり、繁殖期が近づくと、堰堤の下にたくさんのオオサンショウウオが見られるようになります。彼らは何をしているのでしょうか。
 
 オオサンショウウオたちは、懸命に堰堤を上ろうとしています。しかし1.3mの高さの堰堤を上ることができずにもがいています。捕まえてみると、彼らの肢の裏には、大きな穴が開いて血がにじんでいました。
 
 オオサンショウウオたちは、上流の産卵場に行こうとしていたのです。しかし堰堤が立ちふさがり、遡上することができません。仕方なく堰堤の下で卵を生んでしまいましたが、守ってくれる雄もいないこの卵は、大雨の日に流され、なくなってしまいました。
 
 知らないということは、悲しいことです。人間にとっては大切な堰堤ですが、いつの間にかオオサンショウウオの繁殖のための遡上を阻害し、堰堤が絶滅を進行させている現場になっていたのです。

共存できる川づくり
 1994年に、私たちは井側を加工して人工巣穴を作り、堰堤の下に設置しました。すると、その年からオオサンショウウオが入り産卵しました。私たちは、オオサンショウウオが人間の助けを求めていたことを知りました。オオサンショウウオは、人間が差し伸べたささやかな援助、人工巣穴を利用して命を繋ごうとしたのです。生きものたちが命を繋ぐ営み、かくも強いものなのです。にもかかわらず、身近な生きものの姿が消えていっています。
 
 1985年のことです。調査地の松歳川(まつざいがわ)が300mにわたり改修されることになりました。その時、豊平町教育委員会から、オオサンショウウオと共存できる川にしたいと相談がありました。そこで、私たちは、次の四つのお願いをしました。①川底はコンクリートにしない。②遡上できる川にする。③川を蛇行させる。④巣穴を設置する。

 新しくできた川は、日本で初めてオオサンショウウオに配慮された川で、日本で初めての人工巣穴が設置されていました。その年の秋、この人工巣穴にオオサンショウウオが産卵したのです。その後、今日まで毎年オオサンショウウオの産卵が続いています。

共存の道は「知ること」と「譲ること」
 こうして私たちは、改修後もオオサンショウウオが住む川を残すことができました。しかし、この川は、何の代償もなしにできたのではありません。川を蛇行させたために、田んぼにならない土地が円弧になって残りました。

 また、人工巣穴を作ったために、工事費が260万円も余分にかかり、地元の負担になりました。これらのことに、地域の人たちが「まあ、いいか」と言って、オオサンショウウオのために譲ってくれたのでした。

 人間と他の生きものは、多くの場合、利害が対立しています。そんな時、人間がしたいようにすれば、他の生きものたちは生きてはいけません。そんな時、少しでいいから譲れば、共存できることを知りました。

 それから、松歳川の改修には、調査から学び得たたくさんの知識が使われています。オオサンショウウオが産卵のために遡上すること、堰堤が遡上を阻害すること、産卵巣穴の構造と条件などです。これらの知識がなくては、オオサンショウウオが繁殖できる川を作ることはできません。生きものたちの生活を深く知ることが必要なのです。

 知らないということは悲しいことで、私たちが知らない間に、多くの生きものが消えていっています。生きものたちの現状を知り、保護の方法を知る。人間以外の生きもののことを「本当に知ること」が大切なのです。

 知って譲る、そこに共存の道が開けています。共存の道は「知ること」と「譲ること」。これが、私たちが37年間のオオサンショウウオの調査研究から得たただ一つの結論です。


資料
フィールドワーク・哺乳類の観察方法
A 生体の観察
1 直接観察
① 巣穴の前での待ち伏せ観察 ツキノワグマ、キツネ、ムササビ、ノネズミ
② 洞窟への潜入による観察 キクガシラコウモリなど洞窟生コウモリ類
③ 餌場や遊動経路での観察 ツキノワグマ、タヌキ、イタチ、カワネズミ、
ニホンザル、シカ
④ 偶然の出会いによるもの テン、ノウサギ
2 間接観察
① 自動撮影装置による観察
・獣道 多くの哺乳類
・ぬた場 イノシシ、シカ
・餌場 ツキノワグマ
② バットデテクター コウモリ類
3 捕獲による観察(許可が必要)
① 檻捕獲 ツキノワグマ、イノシシ、シカ、ニホンザル
② 箱ワナ タヌキ、アナグマ、イタチ
③ かすみ網 森林生コウモリ類
④ ライブトラップ
・墜落缶 モグラ類、ジネズミ
・筒ワナ モグラ類
・シャーマントラップ ノネズミ類、ジネズミ
・特殊箱ワナ カワネズミ
⑤ デストラップ
・モグラバサミ モグラ
・バンチュウ ノネズミ類
4 個体識別の方法
① 個体の特徴による識別
② マイクロチップによる識別
③ タグなど標識による識別


B 痕跡の観察
1 糞による種の同定
① 棒状の糞
・ツキノワグマ:直径3cm以上の棒状または巻状で1~数個。単食性で餌場に落ちていることが多い。
・キツネ:長さ太さともに人差し指大、1~2個。雑食性。残飯への依存性が強く、ナイロンや輪ゴムを含むことも多い。道端などの目立つ所にあることが多い。
・タヌキ:長さ太さとも親指大。単食性が強い。必ず溜糞、林道上や林内にある。
・テン:長さ太さともに小指大。雑食性で冬・春はノネズミが多く、夏は昆虫、秋は木の実
などを食べ分ける。ノネズミ食の糞は両端がとがり、植物食の糞は両端が断ち切れる。林道の側溝や護岸の上など目立つ場所に多い。
・イタチ:直径5mmくらいで黒く細く長く、蛇行したり巻いている。川縁などに見られる。
・ヌートリア:長さ3cmほどの茶褐色のウインナー型の糞で、川の中州などに散在。
② 分節状の糞
・ニホンザル:直径2.5cmほどの短棒状であるが、分節が見られ、2cmほどの小片になっていることもある。雑食性で、木の皮を齧ったものは繊維が見える。路上にも多い。
・イノシシ:直径2.5cmほどの粒になって散乱していることが多いが、粒状の塊になっているものもある。林内に見られる。
③ 粒状の糞
・ニホンジカ:直径1cm、長さ1.5cmほどの黒緑色の長球形。林内に散在。
・ノウサギ:直径1~1.5cmの黒褐色から薄茶色の扁平球形。林内や草地に、単独またはまとまって見られる。
・ムササビ:直径5~8mmの黒緑色球形の糞で、大木の下に散在して見られる。
2 足跡(泥地や雪上で観察)による種の同定
① 5本指の足跡
・ツキノワグマ:直径10cm以上ある大きな足跡。5本の爪痕が明瞭につく。
・アナグマ:巾5cm、5本指であるが、多くの場合やや不明瞭。泥地などでは人の足型に
似たかかとが明瞭な足跡になる。
・テン:直径5cmほどの丸い足跡になる。2個ずつ並んでつくのが特徴。
・ニホンザル:手足ともに人間に似た足跡がつく。大きさは人間の三分の一くらい。
② 4本指の足跡
・キツネ:掌球の前縁に四つの指球と爪を持つ縦6cmほどの足跡。犬と似るがキツネは一直線に足跡が並ぶ。
・タヌキ:掌球の前縁に四つの指球と小さな爪を持つ縦4~5cmほどの足跡、足跡は2列に並ぶ。ネコと似るが、ネコは爪痕がつかない。
③ 2本指の足跡
・ニホンジカ:長い蹄跡が2本向き合ってつく。
・イノシシ:シカに似た足跡であるが、後に爪あとのような2本の副蹄跡がつく。
④ その他の足跡
・ノウサギ:ノウサギの足跡は2個の丸い点状の前肢跡の上に長い後肢足跡がつき、まるでウサギの顔のように見える。前後肢1セット約50cm。後肢跡がある方が進行方向。
3 その他の痕跡
① 巣、ぬた場
・ツキノワグマ:越冬巣穴・繁殖巣穴(樹洞・土穴)、クマ棚(採食跡)
・イノシシ:繁殖巣(カヤの敷詰め)、ぬた場
・シカ:ぬた場、寝跡
・キツネ:繁殖巣穴(土穴)、アナグマ:生息巣穴、タヌキ:寝跡
・モグラ、ノネズミ:生息巣穴
・ムササビ、モモンガ:生息巣穴(樹洞)
② 掘跡:イノシシ、アナグマ
③ 食痕:果実についた歯跡、草木の食み跡、食べかす
④ 牙跡、爪あと、泥の擦り跡:イノシシの牙痕、シカの角とぎ痕、イノシシの泥擦り跡、
クマの爪痕
⑤ 獣道(けものみち):クマ、イノシシ、タヌキなど


C 哺乳類の調査方法

1 生息確認調査
調査区間を踏査し、A・Bによる方法を用いて、視認、痕跡の確認により生息種を確認する。
2 生息数の確認調査
捕獲、個体識別をして放獣、再捕獲して密度から個体数を推計する。
3 行動範囲の調査
個体を捕獲し、発信器を取り付けて放獣、電波による追跡(テレメトリー調査)。
4 生態調査
個体識別をして、継続的に視察。糞の内容を調べる糞分析は食物生態がよく分かる。


<報告者の追記>

 広島市安佐動物公園では、1971年の開園当初から、国の特別天然記念物オオサンショウウオの野外調査に取り組んでいる。

 集団で繁殖することなど野外調査で分かった生態は飼育繁殖の試みに不可欠な情報として取り入れる。努力が実り、1979年には世界で初めて飼育繁殖に成功、以後も継続している。

 この功績が認められ、広島市安佐動物公園は1988年に国内の動物園水族館に与えられる最高の栄誉である古賀賞*を受賞した。

 さらに同園は2006年11月12日にオオサンショウウオのふ化の瞬間の撮影に成功しており、ホームページを開くと、約2分間の動画で卵から元気よく飛び出し、ひとり立ちしていく様子を観察することができる。

*古賀賞とは動物園・水族館における動物の繁殖の向上に特に功績があった業績を称える賞で、希少動物の保護増殖に大きく寄与された日本動物園水族館協会元会長の古賀忠道博士の功績を記念するとともに、同博士からの寄付金を基金として運営されている。


 桑原博士の講演をお聴きして半年後、東広島市豊栄町にもオオサンショウウオが生息しているということを知った。このことは『豊栄町史』(近現代編;2004,豊栄町史編纂委員会・小川清三委員長)に詳しく記載されていたので、一部を抜粋して紹介する。

「・・・オオサンショウウオ科は世界に三種が限られた範囲に生息している。日本のオオサンショウウオと中国の長江の中流域に住むチュウゴクオオサンショウウオとアメリカのミシシッピー川中流域に住むアメリカオオサンショウウオである。日本では中国山地が主な生息地で、標高400メートル前後にある豊栄町の吉原川・三篠川・椋梨川の上流域に住んでいる。・・・」(『豊栄町史』第4章 豊栄町の文化財 第11節 特色のある豊栄の自然)。

 「生きている化石」と称されているように、数千万年前から変わらない姿で生き続けている世界最大の両生類が身近なところで暮らしていることに、驚くやら感動するやらだった。オオサンショウウオの成長過程を観察できる広島市安佐動物公園にぜひ出かけてみたい。

東広島の自然(2008.12)No.40 掲載

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