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西条盆地のカスミサンショウウオ

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西条盆地のカスミサンショウウオ

大川 博志

はじめに
 2014 年の時点で日本では28 種の小型サンショウウオ(サンショウウオ科)が記録されている。小型サンショウウオの種数が増えたのはここ10 年ほどで、それまでは17 種であった。小型サンショウウオの研究者が増え、また、DNA 解析等の手法が発達し、それまで同種と思われていたものの中に別のもの(隠蔽種)が含まれていたということで、新種記載されたのである。もちろんその中には以前から「これはちょっと違うのではないか?」と思われていたものが多い。

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図1.ブチサンショウウオ

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図2.ヒダサンショウウオ

 広島県にはどのような小型サンショウウオが居るのであろうか。最も多く見られるのはブチサンショウウオである。ブチサンショウウオは2008 年に九州、四国に生息するコガタブチサンショウウオとブチサンショウウオとに分けられた(Tominaga & Matsui 2008)。
これは以前からブチサンショウウオにはちょっと違うものが居ると思われていたのだが、標本の詳細な検討により、別種コガタブチサンショウウオとして扱うのがよかろうということで別種として独立することになったものである。広島県内で見られるブチサンショウウオは従来のブチサンショウウオである。ブチサンショウウオは県北の山々から沿岸部の標高のある山にはたいがい生息している。(比婆科学1996)ついで分布域が広いのはカスミサンショウウオである。ただし、各産地で個体数は減少しており、広島県RDBⅡ類に指定されている。カスミサンショウウオについては後で詳しく述べる。中国山地脊梁部(県民の森周辺)と西中国山地の標高の高い場所に分布するのがハコネサンショウウオとヒダサンショウウオである。両種ともに広島県のRDBⅡ類に選定されており、このうちヒダサンショウウオが広島県ではもっとも最近に報告された種である。(岡田&大川1985)ハコネサンショウウオは最近6つの種に分けられ(Yoshikawa et al .
2012,2013,2013,2014)、広島県内には県民の森と西中国山地にハコネサンショウウオ、西中国山地にシコクハコネサンショウウオが記録されている。広島県内の小型サンショウウオはブチサンショウウオ、カスミサンショウウオ、ヒダサンショウウオ、ハコネサンショウウオ、シコクハコネサンショウウオの5種ということになる。

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図3.シコクハコネサンショウウオ(上)とハコネサンショウウオ(下)(国立科学博物館吉川夏彦氏提供)

カスミサンショウウオについて
 さて、肝腎のカスミサンショウウオであるが、これがなかなかやっかいで、誤解を恐れずにいうと数種の隠蔽種が含まれている可能性がある。このことについて結論を出すためにはもう少し調査が必要であるし、遺伝子の解析なども必要となるであろう。現時点で我々の調査でわかっているのは「日本海型」、「瀬戸内型」、「高地型」という3つの大きなグループ(メジャーグループ)と「阿武型」、「石見型」、「安芸型」、「移行型」の4つの小さなグループ(マイナーグループ)が存在するということである。(大川他2006)メジャーグループでもっとも分布域が広いのは、九州から山口県・島根県、鳥取県、京都府、大阪府にわたって分布する「日本海型」と呼ばれるものである。これが典型的なカスミサンショウウオで、シーボルトによってもたらされた長崎市の標本がタイプ標本となっている。

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4.カスミサンショウウオ日本海型(側面)

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図5.カスミサンショウウオ日本海型(腹面)

 「日本海型」は繁殖期の雄の尾は側扁が著しく、尾の上下に黄条があるのが特徴である。この黄条は尾の上部のものははっきりしないことがあるが、下部のものは特徴的で、黄条の部分だけ色素を注入したようになっている。この部分の色は液浸標本にすると消えるが、後に白い帯が残る。産卵時期は1~3 月で、バナナ状からコイル状の直径1.5~2cmの卵嚢中に、片卵嚢で30~100 以上(平均は54)の卵を産。多いものでは片方の卵嚢で180 を超えるものもある。
 「瀬戸内型」もメジャーグループで、広島県東部から岡山県、兵庫県、愛媛県、香川県、おそらく徳島県、和歌山県にかけて分布している。繁殖期の雄の尾の側扁は著しくなく、尾の上下には黄条がない。産卵時期は3月が中心で、バナナ状からコイル状の直径1.5~2cm の卵嚢中に、片卵嚢で20~70(平均は45)の卵を産む。産卵場所の保
守性が強く、産卵場所の攪乱により簡単に絶滅する可能性がある。

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図6.カスミサンショウウオ瀬戸内型

 「高地型」は広島県三次市作木町を西限として、基本的には中国山地脊梁部を兵庫県まで分布するが、標高100m 程度の低地でも記録されている。(岩田2010)「高地型」という名称は考えなくてはいけなくなった。「高地型」は暗褐色の体色に地衣状班に富むものが多く、背中に赤い斑紋を持つものもある。最も大きな特徴の一つは尾があまり側偏せず、丸いまま先端に行くにつれて細くなっているところであろう。ブチサンショウウオのようにみえる個体もおり、「日本海型」と並べると別種のように見える。産卵時期は4~5 月で直径が1~1.5cm のバナナ状の短い卵嚢中に、片卵嚢中に10~20(平均は20)の卵を産む。卵は大きく白っぽいことが多く、数が少ないのが特徴である。低水温に適応していると思われる。また、後肢趾は4本のものが多く、これも「高地型」の特徴である。

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図7.カスミサンショウウオ高地型(腹面)

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図8.カスミサンショウウオ高地型(側面)

 マイナーグループの「阿武型」は「高地型」に次いでカスミサンショウウオらしくないもので、山口県の阿武郡を中心に島根県津和野町まで分布している。尾の上下に黄条はなく、産卵期の雄の尾の側偏は著しくない。体に対して肢が長く、頭部が他のグループよりも大きい。最も大きな特徴は卵嚢であろう。産卵時期は2~4 月で、太いものでは直径が3cm にもおよぶ太いバナナ状からコイル状の卵嚢中に20~60(平均は39)の卵を産む。この太い卵嚢の外皮には明瞭な条線があり、他のグループとは著しく異なっている。

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図9.カスミサンショウウオ阿武型

 「石見型」は広島県芸北地方から島根県石見地方にかけて分布している。(大川他1999,2009)他の特徴は「日本海型」と同じであるが、後肢趾が4 本であるという特徴をもつ。両棲類の肢は基本的には前肢が4 本、後肢が5 本である。産卵時期は1~3 月で直径が1.5~2cm のバナナ状からコイル状の卵嚢中に、片卵で20~70(平均は40)の卵を産む。「日本海型」の分布域と接する場所では「日本海型」との混血を思わせる個体が記録されている。

 「安芸型」は広島県の三次盆地と西条盆地を中心に分布する。他のグループと比べると小型の個体が多く、体色も暗色のものが多く、地衣状班を持つものもいる。尾はあまり側扁しない。産卵時期は3~4 月で、直径が1~1.5cm のコイル状の短い卵嚢中に10~40(平均は26)の卵を産む。産卵場所に対する保守性が強く、産卵場所の攪乱により絶滅する可能性が高い。

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図10.カスミサンショウウオ安芸型(腹面)

 「移行型」は安芸高田市、三次市三和町、北広島町のやや標高の高い地域(400~600m)に分布する。「移行型」という名称は「安芸型」と「高地型」の間の特徴をもつということからつけられたが、多くの謎を持つグループである。このグループも体が小さく、「安芸型」や「高地型」に似た体色の特徴をもつ。産卵時期は3~4 月で直径が1~1.5cm のバナナ状からコイル状の卵嚢中に10~40(平均は22)の卵を産む。このグループも低水温に適応していると思われる。最も大きな特徴は後肢趾の型がばらばらであるということである。後肢趾の型は大川(1999,2009)により、0型、Ⅰ型、Ⅱ型、Ⅲ型の4 タイプがあることがわかっている。

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図11.カスミサンショウウオの後肢型 左より0型、Ⅰ型、Ⅱ型、Ⅲ型(それぞれ右にX-線写真)

西条盆地のカスミサンショウウオ
 西条盆地のカスミサンショウウオは「安芸型」である。三次盆地にも「安芸型」は分布すのであるが、図12 に示すように西条盆地と分布はつながっていない。詳しく調査すればつながるのかも知れないが、この不連続性が何によるのかは今のところ不明である。
 以前は三次盆地のものは西条盆地のものと何となく違う(産卵時期の早いものがある)ということで三次型と分けていたが、計測データに相違が見つからないので一つにまとめ安芸型とした経緯がある。

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図12.西条盆地および三次盆地のカスミサンショウウオ:ここでは「安芸型」を西条盆地のものは「広島型」、三次盆地のものは「三次型」とした。×はカスミサンショウウオの絶滅した地域(1998 年~2009
年)。△は激減した地域。

 また、西条盆地に限っていえば、調査初期に確認した場所は「西条湖成層」とかつて呼ばれていた堆積層のある部分であった。しかし、調査が進むにつれ、それとは離れた盆地周辺の低山の山頂部の湿地からも確認されるようになった。両者は今のところ同じ「安芸型」としてはいるが、果たして同じものなのだろうか。また、もしも違うとしたらどちらに先に分布していたものであろうか。
西日本各地でカスミサンショウウオを調査しての印象では、カスミサンショウウオには「古いタイプ」のものと「新しいタイプ」のものがいるのではないかということである。産卵場所の保守性が強いものよりは強くないものの方がより適応力があり、したがって「新しいもの」ではないか。「安芸型」は「古いタイプ」のため適応力がないゆえに西条盆
地、三次盆地の極限られた場所にしか生息しないのではないか。つまり、「新しいタイプ」の台頭により、生息場所を狭められているのではないか。そのような印象を持つ。それに対し「日本海型」や「高地型」は産卵場所の保守性が強くなく、近くに適当な湧き水が(水溜まり)あれば産卵する。一緒に調査した人が「節操がない」と表現したのは上手く言ったものだと感じている。

今後の課題
 カスミサンショウウオにはわからないことが多い。しかし、それらを一つずつ解明して行かなくてはならないであろう。西条盆地については、盆地部(かつて西条湖成層と呼ばれていた場所)と、その周辺の山頂近くに分布するものの比較をする必要がある。今のところ両者に大きな違いを見いだしていないが、詳細に調査すれば何か見つかるかも知れない。東広島市内は今までに充分調査したと思っていたが、市域が広く、まだまだ調査の手が及んでいない場所がある。特に、豊栄町の低山の山頂近くの湿地を重点的に調査する必要がある。
図12 にも示したが、かつてカスミサンショウウオが生息していたが現在は確認できない場所がある。既知の生息場所をすべて再調査したわけではないので、図に示したのはおそらくその一部であろう。カスミサンショウウオの調査を長く続けていて一番思うことは「最近数が減ったな」ということである。西条盆地でもかつては1 ヶ所で10 尾以上の成体が確認された時期もあった。それが最近は確認できる成体は1~2 尾である。産卵された卵嚢数も少ない。環境が変わった、というところもあるのだが、どうやら原因はそれだけではないと思われる。山に入る人達から「最近は山菜が少ない」とか「最近はきのこが少ない」という声を聞くことがある。それらは山の力が落ちたことを意味している。数年前から新たな松枯れがあちらこちらで起こっており、健全なアカマツ林はほとんど皆無になってきた。かつて二度あった松枯れと今回のものはちょっと違う印象を持つのは筆者だけであろうか。このこととカスミサンショウウオの減少に関係があるのではないかと思われてならない。ということは、現在カスミサンショウウオが生息する場所でも近いうちにその数が激減あるいは絶滅という可能性もある。早急に現状を調査する必要があろう。そのことなしには保護対策などは立てられないであろう。


参考文献
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東広島の自然 NO.46 2015.3 掲載

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