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オオサンショウウオの分布 -地質学的観点から-

みんなの広場

オオサンショウウオの分布 -地質学的観点から-

顧問 沖村 雄二

1.はじめに
 東広島市自然研究会、平成23年度の研修会「オオサンショウウオの勉強会」(於;広島市安佐動物公園)に参加して、副園長 桑原一司博士の講演を聞きながら、植生と地質に深い関係があるのと同じように、オオサンショウウオの分布にも地質と深い関係があるのではと大きな関心をもった-地質学者ならではの受け止めであったことはまちがいない。
 まず、東日本に全く生息していない理由を考えた。そして、西日本でも四国と九州地域で発見されている分布に関しては、人が関係する可能性があることを聞き、中国地方が分布の主要域であることの理由を重ね合わせて考えていた。西南日本内帯の地質構成が、白亜紀~古第三紀の火成活動で特徴づけられることと、オオサンショウウオの生息が無関係ではないのでは、と言うことが頭に浮かんできた。
 講演が終わった時には、この問題に関して結論を出していたといってもいい - 分布の概要図をスライドで見ていて、これは西日本地域における流紋岩類の分布と完全に調和しているのではなかろうかと言う強い印象がそう考えた根拠である。

2. オオサンショウウオの生息域

 研修会を終わって帰宅、すぐにインターネットでオオサンショウウオの分布を検索した。分布に関する資料のほとんどは、市町村それぞれ個別の生息確認記録であって、全国的な分布図が確実な資料を基にまとめられたものは、環境庁編(1982/昭和57年)にすぎなかったと言える(図1)。
 この調査報告書には、確認された生息地が小字名で記述されており、これをもとにメッシュ法でも表現されたことがあるが、図1が最も理解しやすい - 中部地方の福井・岐阜県、近畿地方の三重・滋賀・京都・大阪・和歌山兵庫県、中国地方の鳥取・島根・岡山・広島・山口県、四国地方、そして九州地方の福岡・大分県について、河川系とともに生息地を列記して記述されている。

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 この報告書を基にしてつくられたメッシュポイントの数は、中部地方で14、近畿地方で75、中国地方で84、四国で14、九州で12とされ、中国地方は全体の42.2%という高分布(生息確認)となっている。
 日本ハンザキ研究所から発信されている文献リストI(2000年以前)によると、実に266の調査報告および論文がリストアップされている。最も古いのは、小笠原白也(1926):小説その夜-ハンザケ村(福寿会)であるが、学術的には1965年発行された岡山文庫8「オオサンショウウオ」(松本邦夫、日本文教出版)が最初の記術のようである。1970年代に8、1980年代に17、1990~1994年の4年間では62、1995~2000年では180に近い調査記録があり、注目度はうなぎ上りになっていると言えよう。
 広島県の場合、江の川、太田川、高梁川の三河川があげられているが、椋梨川、黒瀬川、八幡川など、生息しているとされる河川系の調査記録はない(その他の項で、賀茂郡・佐伯郡・府中市・呉市の郡・市名だけがあげられている)。
 なお、この報告書では、本来の生息地ではない地方からの記録が意外に多いと述べ、人による移動(かっては養殖も)の調査が必要であると、注意を喚起している。

3. オオサンショウウオの自然分布域と地質

 図1に示したオオサンショウウオの分布域の東縁部(愛知県・岐阜県)から西へ、中国地方を縦断する地域にかけて共通している岩石の分布を追跡すると、明らかに珪長岩類としてまとめることができる流紋岩(火山岩・噴出岩)主体の岩石である(図2)。この図に示すように、西南日本内帯地域、とくに中国地方では最も広く分布する岩石である。図1(オオサンショウウオの分布図)と図2(流紋岩の分布図)を重ね合わせてみると、両者の分布が極めて調和していることに気がつかれるのではないだろうか。ただ、大きな違いがあるのは、相生層群の分布域にオオサンショウウオの分布域が重ならないという点であろうが、これは流紋岩類が蝋石+ミョウバン化作用をうけ、変質していることが他の地域とは大きく異なることを指摘しておこう。

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 日本地質調査所発行の1/2,000,000日本地質図で、珪長岩としてまとめられた岩石は、中国地方西部(山口県)では阿武層群、中部(主として広島県)では高田流紋岩類、東部(岡山県・兵庫県)では相生層群と呼ばれ、そして中部地方(岐阜県・愛知県)では濃飛流紋岩類と呼ばれている白亜紀~古第三紀の火山噴出物からなる岩石である。阿武層群と濃飛流紋岩の分布域では、それぞれにいくつかの火山構造性陥没地(コールドロ-ン・Coauldron)としての研究が進んでいるが、高田流紋岩ではまだ報告されていない。筆者が調査したことのある広島県下の“高田流紋岩”は、熔岩と判別できるものはひじょうに少なく、多くは細~粗粒の角礫凝灰岩質で溶結構造をもっている。
 一方、火山岩であるだけに、噴出する際の基盤の岩石が発達していたと考えなくてはならないが、濃飛流紋岩と相生層群の大部分、および阿武層群の西部周辺には古生代後期の堆積岩が発達しているのに対し、高田流紋岩の分布域と阿武層群の東部地域では、そのほとんどが底盤状の花崗岩類によって貫入されているという大きな違いがある(後者の場合、基盤岩を特定するのは極めて難しい)。基盤岩が特定できると言うことは、明らかにそれを貫いて火山岩が噴出したことを意味しているし、花崗岩に貫入されていると言うことは、明らかに流紋岩が上位を占めていることを意味していて、ともに流紋岩類が地形的にもより高位に発達している可能性が容易に推測できる。
 筆者が調査することができた高田流紋岩の分布は、すべて花崗岩類の冠岩(cap rock)として発達しており、地形的には山の高い部分を占めている。最近、詳しい調査が進められ、多くの実績が記録されつつある東広島市豊栄町地域がその典型例である(東広島の自然誌Ⅱ・Ⅲ号参照)。しかもこの地域には付加されたこ中生界の砂岩/泥岩層がやはり冠岩として分布していて、岩相的には濃飛流紋岩地域の古生界に比較できるかもしれない。このような事実は、オオサンショウウオの分布が制限されている理由の一つとして無視することはできない。
 東広島市豊栄町椋梨川上流域の分布地:源流域が吉備高原(標高400~550m)にあり、侵食・下刻作用によって河川流路が低くなった花崗岩地帯の“里山”に入る辺りに、多くの生息地が確認されていることを指摘しておこう。

4.オオサンショウウオの分布が制限されている理由の考察

オオサンショウウオの生息地分布域と、白亜紀~古第三紀の珪長質噴出岩の分布地域との調和、および後者の分布上の偏りと高度分布の特性については、上に述べたとおりである。しかしその理由に関係すると考えられる研究・報告は知られていない。筆者には、この理由に関する研究能力はなく、推測する以外に方法はないが、以下の推測を機に新しい取り組みが進むことを期待してあえて記述する。
豊栄町の調査記録から考え付いたことであるが、火成岩類の化学組成に原因を求めて、表1を引用する。

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表1.火成岩類の平均化学組成(%)(理科年表)

 流紋岩の化学組成上の特性について、表1をもとにまとめてみると、平均値とは言え極めて特徴があることは確かだ。

1)SiO2値がもっとも大きい(花崗岩がそれに次いでいる - 酸性岩類の特性)。
2)FeO値が最も小さい(Fe2O3値も花崗岩に次いで小さい - 酸性岩類の特性)。
3)TiO2値が最も小さい。
4)MgO値が最も小さい。
5)CaO値が最も小さい。
6)P2O5値が最も小さい。
7)K2O値が花崗岩に次いで大きい。
 上記の箇条書きの通り、最も大きい値(%)と最も小さい値(%)が特記できるということは、化学的風化作用で分解-イオン化された成分が、河川水の特性を支配しているに違いないと容易に推測できる。また、最も多い成分が生物の生息条件に大きく影響すると推測しても不思議はない。あわせてもっとも小さい成分の多いことを無視することに抵抗を感じるのは筆者だけではないであろうが、現段階では、Si O2量がオオサンショウウオの分布を規制しているもっとも大きな原因であると考えたい。
 豊栄町地域の地質構成は、SiO2量がもっとも大きい値を示す流紋岩と花崗岩(一部に付加帯の混在岩-泥岩優勢の砂岩・泥岩互層をともなう)である。前者は源流域に分布し、風化作用に抵抗して標高の高い山稜部を構成し、後者は風化作用には比較的弱くて侵食作用がすすみ、低地部を構成している。オオサンショウウオの生息地を制限している理由のひとつとして提言し、実験動物学のテーマとして取り上げられることを願って結論としたい。

追記:もし、上記のような推測が証明されれば、オオサンショウウオの進化に関連して大きな夢を広げる可能性がある(オオサンショウウオの祖先につながる両生類化石の発見)。理由は、西南日本内帯に広く分布する流紋岩類の形成は、日本海が形成される前、アジア大陸の東縁部における白亜紀の火山活動と考えられているからである。この火山活動にともなって形成された淡水湖、そこに生息していた化石カイエビを産する泥岩層からの新しい化石の発見という夢である。


参考文献
猪木幸男・村上充英・大久保雅弘(1986):日本の地質(7)中国地方.共立出版
沖村雄二(2009&2010):西条層・古黒瀬川-幻の湖 & 東広島市の大地.東広島の自然誌(Ⅱ)&(Ⅲ)
環境庁編(1982):日本の重要な両生類・はちゅう類の分布.第2回自然環境保全基礎調査.
オオサンショウウオの項(51-62p).インターネット利用.
桑原一司(2012):里山のたからものオオサンショウウオ~東広島の現状と未来(講演要旨).
於;豊栄学習センター.東広島市自然研究会
国立天文台編(2009):理科年表.丸善
地質調査所編(1971&1978):日本地質図(1/2,000,000 &1/1,000,000)
土岡健太(2012):2011年度―椋梨川上流部のオオサンショウウオ生息分布調査をはじめて
東広島の自然,No.43.東広島市自然研究会
中沢圭二・市川浩一郎・市原 実(1986):日本の地質(6)近畿地方.共立出版
日本の地質増補版編集委員会編(2005):日本の地質-増補版.共立出版
広島市安佐動物公園:パンフレット;特別天然記念物-オオサンショウウオ
日本ハンザキ研究所:オオサンショウウオの文献目録I(2011);同 Ⅱ(2013);同 Ⅲ (2013)
日本ハンザキ研究所:会誌. 創刊号(2008)~第7号(2011)

補追
 上述してきた本文の2、オオサンショウウオの分布に関連する文献集の深読みですが、3月10 日に、日本ハンザキ研究所から続編として追加の文献集が公開されました(文献については、すべて連続番号がつけられ、1124が収録されています)。結果として、文献集の深読みの内容を大きく変えなくてはならなくなりましたので、多少、内容について視点を変えた部分を加えて補追します。
 まず、もっとも古い記録は、一世紀以上前の1903年で、伊藤和貴さんが、「ハンザキに就いて」と題して、博物学雑誌、第3巻、第35号に発表されています。 そして、1907年、田子勝弥:日本のサンセウウヲの研究. 動物学雑誌、19,225; 1914年、飯塚 啓:ハンザキに就いて.動物学雑誌、26,313が続き、1920年代には6論文、1930年代には12論文があり、1940年代には4 論文と少なくなります。しかし、その後は解説を含めて引用された記述が多くなりますが、オオサンショウオ関連の文献の数はだいたい右あがりになり、1990~1994年には154、1995~1999年に203、そして2000~2004年には実に361もあります。このうち、13論文は英文で(寄生虫学会誌の論文が半数)、近年の国際化がうかがえます。
オオサンショウウオの分布に関係する調査報告は266を超しますが、1967~94年にわたる岐阜県立郡上高等学校生物部の活動、1992~2004年にわたる兵庫県建屋川の調査報告、そして1995~2002年にわたる島根県瑞穂町の啓蒙活動などには、まだまだ明らかにされていない多くの謎がとかれるための、これからの取り組み方が示唆されているように思えます。
 日本ハンザキ研究所から公開された文献集には、地方で記述されたオオサンショウウオの情報誌が必ずしもすべて網羅されていないことは確かですから、近年の情報数はさらに多くなることは否定できないでしょう。調査・研究にたずさわっておられる方々の協力によって、さらに充実させたいものです(筆者が気づいた地方紙の情報のひとつは、「帝釈文化」第9号(1978)・赤木三郎「帝釈峡の生きている化石」(東城町立帝釈郷土館刊)ですが、5ページにわたってオオサンショウウオの化石を含めた解説がなされています。赤木さんは、この解説の中で、生駒義博編(1973)「日本ハンザキ集覧」が、オオサンショウウオに関する研究初期の状況を知る重要な書籍であると述べられています。また、オオサンショウウオは、第四紀に中国大陸から渡来したものであろうと述べられている。
 補追の最後に、文献集から読み取れるオオサンショウウオの分布を知る直接の手掛かりは河川名であることから、河川の名称が論文・調査・報告書などの題名につかわれているものを整理して列記しておこう(東から西へ)。

長野県:千曲川
愛知県:蛇が洞川
三重県:(宮川村)・青山川・鈴鹿川・青蓮寺川(赤目48 滝)
岐阜県:木曽川(大和町・各務原-犬山頭頭首)・小間見川(郡上)・入間川(和良村)
京都府:広河原―美原線・木津川
大阪府:天王川(能勢町)・安威川・余野川・淀川水系(木津川上流川上ダム)・
兵庫県:佐用川・千種川・西山川(笹山町)・建屋川・羽束川・昆陽川・淡河川・小野川・夢前川・
市川水系・円山川水系・武庫川水系・揖保川水系・猪名川・遠坂川(青垣町)・(大屋町)
岡山県:小田川・旭川上流(湯原町)・(美作町)
鳥取県:東谷川・小河川(智頭町)・日野川
島根県:江の川水系(瑞穂町)斐伊川・谷奥川・西谷川
広島県:小見谷川・松蔵川・神野瀬川・・・・・・追加:(帝釈川)・(沼田川)
山口県:・・・・・・・追加:(錦川・宇佐川)
香川県:御坊川(高松市)
大分県:駅館川(安心院

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