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ブログ/2023-11-01

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石川千代松とエドワード・S・モースと種田織三

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写真1 「日本ハンザキ集覧」より P172

小ヌシです。
4月5日“ムツゴロウさん”こと畑正憲先生の訃報ブログ/2023-04-17をきっかけに、ムツゴロウさんの天然記念物などの本の中で再々出会うのが「石川千代松」博士です。
ちょっと纏めてみました。博士を初めて知ったのは「日本ハンザキ集覧」(生駒義博編 昭和48-1973年)の中の「はんざき調査報告」明治36(1903)年(P172~P190)でした。写真1

先日来、ご紹介した(ブログ/2023-05-27ブログ/2023-05-29など)本にもお名前が載っています。ちょっとダブりますが、お許しを。↓
・天然記念物の動物たち「オオサンショウウオの川」ナメクジウオ 昭和61(1986)年 
畑正憲著、写真2

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写真2

・「月刊ペン」-オオサンショウウオ 昭和43(1968)年 畑正憲著、写真3

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写真3

・「広島県史蹟名勝天然記念物調査報告6集」広島県における大山椒魚棲息地.昭和26(1951)年 佐藤月二著(ブログ/2023-07-03)写真4

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写真4

さらにネットで深掘りしました。
石川博士はエドワード・S・モース(1838年米国ポートランド生れ)に師事しています。モースは東京帝国大学動物学教室の初代教授で、ダーウィンの「進化論」を日本に初めて体系的に紹介、大森貝塚発見で有名な方です。石川は彼の愛弟子として「動物進化論」と翻訳するなど、ともに大変大きな足跡を残された方のようです。紹介されている書籍です。
・「日本人と近代科学」-西洋への対応と課題-渡辺正雄著 1976(昭和51)年 岩波新書 212P  写真5-1,2,3

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写真5-1 表紙

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写真5-2 P110,111

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写真5-3 P81

同書のモースに宛てたピゲロウの手紙には考えさせられました。写真5-4

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写真5-4 -ピゲロウの手紙- P94,95

幼いころから「モースと言えば大森貝塚」と馬鹿の一つ覚えでしたが、実際ははるかに大きな仕事をされ、多方面に大きな影響を与えた人物であることを初めて知りました。
モース著の「日本 その日その日」は、学校司書のHさんに教えてもらった「青空文庫」HPから無料でダウンロードし、読むことができます。嬉しいですね。石川が「モース先生」と題してその序を書いていて、また、翻訳は石川の息子さん欣一氏で、石川とモースのつながりの深さがよく分かります。今、ダウンロードしてぼちぼち読んでいます。モースが見た明治初期の世相、風俗などが約780の図とともに、とにかく多項目で膨大な量の記述です。なかなか興味深く、ゆっくり読みたい本です。写真6

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写真6 表紙1Pのみ 「青空文庫」より

さらに、県立忠海高校の初代校長種田織三がモースの助手を務めています。
「~一行は、私の助手種田氏、召使い、矢田部教授の召使いである富とから成っていた。 <中略> 種田氏は万事万般に気をくばり、善き採集家であると同様に通訳家、飜訳家として働く~」と、「日本 その日その日」(第十六章「長崎と鹿児島へ」の図538の次行)に書かれています。
また、もっと知りたいと思い、「モース その日その日」(磯野直秀著 昭和62-1987-年360P)をネットから購入してトライしています。この本の人名索引には石川千代松や種田織三が多く上げられています。写真7-1,2

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写真7-1 本カバー

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写真7-2 奥付、人名索引一部

“オオサンショウウオ”を学ぶ中で石川先生の存在を初めて知り、E・S・モース、忠海高校の種田織三と不思議なつながりから、身近なところで日本の初期の動物学の展開まで感じられ、「グルっと一回りした」妙な落ち着き感があります。高校在学中にこんな話は聞かなかった?聞こえなかった?・・、残念です。
また、シーボルト(ブログ/2022-03-25ブログ/2023-04-18ブログ/2023-06-18ほか)から始まり、穂高健一先生(ブログ/2023-03-10ほか)、ラフカディオ・ハーン、イザベラ・バード(ブログ/2023-01-28)、ナウマン(ブログ/2020-02-14)、牧野富太郎(ブログ/2023-03-01)など、 たかだか150年程度前の“幕末~明治初期”の小ヌシの原風景探しの旅はもうしばらく続きそうです(苦笑)。
追記:「アユ(鮎)」についてネットのウィキを読んでいたところ、琵琶湖のアユの研究でも石川先生のお名前がありました。

◎石川千代松 - Wikipedia
◎エドワード・S・モース - Wikipedia ◎お雇い外国人-ウィキペディア (wikipedia.org)
種田織三について ↓
◎忠海再発見 - 040.旧制忠海中学校初代校長・種田織三(1) (google.com)
◎忠海再発見 - 041.旧制忠海中学校初代校長・種田織三(2) (google.com)
忠海高校の自然史博物館について ↓
◎自然史博物館 - 学校紹介 - 広島県立忠海高等学校 - 旧制中学を前身とする伝統校。進取の精神で次代へチャレンジ (hiroshima-c.ed.jp)
青空文庫について ↓
◎エドワード・シルヴェスター・モース Edward Sylvester Morse 石川欣一訳 日本その日その日 日本その日その日 JAPAN DAY BY DAY (aozora.gr.jp)
穂高先生のHPより↓ おかげで長年のモヤモヤが雲散霧消していきます。
◎これまでの歴史教育は変わる。ペリー提督の黒船来航は日本の学術開国であった|穂高健一ワールド~書斎の小説家が街に飛び出した、気鋭のジャーナリストとして (hodaka-kenich.com)

参考:ブログ/2023-05-27(三原市幸崎町能地堆のナメクジウオ発見者石川博士)ほか



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